社員全員にAIを配り、日々の仕事に活用してもらえば、個人の作業は速くなるでしょう。メールや資料を作る、議事録をまとめる、情報を調べるといった仕事にかかる時間は、確かに大幅に短縮できます。

しかし、業務全体が遅くなっている原因は、本当にそこにあるのでしょうか。

仕事をしている時間より、止まっている時間の方が長い

業務の流れを端から端まで見てみると、仕事そのものに時間がかかっているというより、仕事と仕事の間で止まっている時間の方がはるかに長いことがあります。

上司の承認を待つ。レビュー担当者の手が空くのを待つ。関係部署との会議が設定されるまで待つ。ようやく会議を開いても、その場では決まらず「一度持ち帰ります」となり、次の会議を待つ。

こうした待ち時間は、多くの組織に存在します。

たとえば、これまで3時間かかっていた資料作成をAIによって30分に短縮できたとします。それ自体は立派な改善です。しかし、完成した資料が承認待ちで5日間止まるのであれば、顧客に価値が届くまでの時間は、ほとんど短くなりません。

改善されたのは一つの作業であって、業務全体の流れではないからです。

AIが渋滞を悪化させることもある

作業をする側だけがAIによって高速化すると、別の問題が起こることがあります。

作成された資料や企画が、以前より速いペースで承認者やレビュー担当者のもとへ流れ込むからです。受け取る側の処理能力が変わらなければ、そこで仕事が積み上がり、渋滞はかえってひどくなります。

高速道路の途中に料金所があり、ゲートが一つしか開いていないのに、そこへ向かう車だけを時速200キロにしたようなものです。

料金所を通過できる車の数は変わりません。速く走れるようになった車が、料金所の前に長い列を作るだけです。

部分的な生産性を高めることが、必ずしも全体の生産性を高めるとは限りません。むしろ、ボトルネック以外を高速化することで、組織が抱えていた問題を増幅させることさえあります。

AIに何をさせるかより、仕事がどこで止まっているか

AI時代の業務改善で最初に考えるべきなのは、「どの仕事をAIにやらせるか」ではありません。

まず確認すべきなのは、「仕事はどこで止まっているのか」です。

その承認は本当に必要なのでしょうか。その人にしかレビューできないのでしょうか。なぜ意思決定にそれほど時間がかかるのでしょうか。なぜ毎回、複数の部署による合意が必要なのでしょうか。

場合によっては、AIを導入するよりも、承認を一つなくす方が大きな効果を生みます。

会議を一つなくす。レビューや意思決定の権限を現場へ移す。部門間の引き継ぎを減らす。特定の人にしかできない仕事を減らす。チームが必要な能力を内部に持ち、外部の判断を待たずに仕事を進められるようにする。

こうした組織の構造や仕事の流れに対する改善の方が、全体のリードタイムを大きく短縮する可能性があります。

個人の生産性と組織の生産性は違う

AIによって個人の生産性が10倍になったとしても、組織の生産性が10倍になるわけではありません。

組織の成果は、一人ひとりがどれだけ速く作業できるかだけで決まるものではないからです。仕事が部門や役割をまたいで流れ、意思決定され、最終的に顧客へ届くまでの一連の時間によって決まります。

個人の作業時間だけを短縮しても、承認、調整、会議、引き継ぎ、部門間の壁がそのままであれば、組織全体の速度は上がりません。

むしろ、AIによって「作業する時間」が急速に短くなってきたからこそ、それまで作業時間の陰に隠れていた待ち時間が、以前よりもはっきり見えるようになります。

AIは、組織の問題を自動的に解決してくれるものではありません。ときには、これまで見えにくかった組織の問題を浮かび上がらせるものでもあります。

AI時代の業務改善は、組織を見直すことから始まる

AIの導入によって問われるのは、ツールの使い方だけではありません。

どこまでを現場に任せるのか。誰が意思決定するのか。仕事をなぜ複数の部署に分けているのか。誰のためにその承認や会議が存在するのか。

AIを活用して個々の作業を速くすることは必要です。しかし、それと同時に、仕事の流れを妨げている組織の仕組みにも目を向けなければなりません。

AI時代の業務改善とは、案外、AIの話ではないのです。

それは、仕事を端から端まで見渡し、どこで止まり、なぜ止まっているのかを明らかにすること。そして、仕事が滞りなく顧客へ届くように、権限、役割、部門、意思決定のあり方を見直すことです。

AIを本当に組織の成果につなげたいのであれば、変えるべきなのは作業の方法だけではありません。

組織そのものにも、変化が求められています。