「スクラムマスターは、積極的に何もしない」
これは、『スクラム実践者が知るべき97のこと』(オライリージャパン)に登場する言葉です。こう言っているのは、LeSS(Large Scale Scrum)の創始者のひとりとして知られるBass Vodde氏です。
もちろん、本当に何もしないという意味ではありません。むしろ逆です。スクラムマスターは、チームの状態、会話の流れ、意思決定の癖、仕事の滞りを注意深く観察しています。そのうえで、あえてその瞬間には介入しないことを選ぶ場合があります。
「何もしない」は、放置ではない
チームの中で明らかに望ましくない力学が起きているとき、スクラムマスターはすぐに口を出したくなります。間違いを正し、正しいスクラムの形へ戻したくなる。これは自然な反応です。
しかし、そこで即座に指摘すればよいとは限りません。チームが自分たちで違和感に気づく前に、外から正解を与えてしまうと、学習の機会を奪ってしまうことがあるからです。
「積極的に何もしない」とは、単なる放置ではありません。観察し、状況を見極め、チームが自分たちで気づける可能性を残すための、意図的な選択です。
デイリースクラムで起きがちなこと
たとえばデイリースクラムで、開発者がプロダクトオーナーに向かって細かい進捗報告をしている場面があります。スクラムの目的から見れば、これは望ましい状態ではありません。
デイリースクラムは、誰かに報告する場ではなく、開発者がスプリントゴールに向けて計画を調整する場です。本来であれば、開発者同士が「今日、何を一緒に進めるのか」「どこに助けが必要なのか」を確認し、協働を計画する場です。
それでも私は、その場でいきなり「デイリースクラムは進捗報告の場ではありません」と言わないことがよくあります。まずはしばらく様子を見ます。その状態が一時的なものなのか、チームに染みついたパターンなのかを見極めたいからです。
正解を教えすぎる副作用
その場で間違いを指摘し、行動を是正することはできます。短期的には、その方が早いでしょう。スクラムマスターが「正しいやり方」を教えれば、その瞬間の振る舞いは変わるかもしれません。
しかし、それを繰り返すと、チームは別のことを学習します。
「正しいスクラムは、スクラムマスターやアジャイルコーチが管理するものなのだ」と。
これは、チームから「正しいスクラム」のオーナーシップを奪う行為に近いものです。スクラムマスターが正解を持ち、チームはそれに従う。そういう関係が固定されると、チームは自分たちで考える力を弱めていきます。
スクラムマスターの役割は、チームを正しく動かすことではありません。チームが自分たちで状況を見て、考え、よりよい働き方を選べるようにすることです。
問いによって、チームの注意を戻す
では、何もしないままでよいのか。もちろん、そうではありません。タイミングを見て、ほんの少しだけ背中を押します。
私がよく使うのは、指摘ではなく質問です。
たとえば、「デイリースクラムの目的って何でしたっけ?」と聞く。あるいは、「今、どのプロダクトバックログアイテムに集中しているのですか?」と聞く。
これらの問いは、相手を詰めるためのものではありません。チームの注意を、目的や仕事の流れへ戻すためのものです。正解を伝えるのではなく、チーム自身が「あれ、今のやり方は目的に合っているのだろうか」と気づけるようにする。
コーチング活動で一番効くのは、コーチの教えではなく、自らの気づきです。スクラムマスターは、その気づきが生まれる余白を残す必要があります。
見える化は、主要な介入手段である
ただし、この方法を採るなら、見える化は絶対に必要です。
観察するといっても、メンバーに貼り付いて一挙手一投足を見ていれば、監視されているように感じられてしまいます。オンライン中心の働き方であれば、そもそもそうした観察は現実的ではありません。
だからこそ、仕事の状態を見えるようにする必要があります。どの仕事が進んでいるのか。どこで止まっているのか。誰かの手元に溜まっていないか。スプリントゴールに向かう流れになっているか。デイリースクラムの会話が、個人の報告ではなく、仕事の流れに向いているか。
こうしたものが見えるようになると、スクラムマスターが逐一指摘しなくても、チーム自身が違和感に気づきやすくなります。仕事の状態が見えれば、チームはそこから会話を始められます。
つまり、スクラムマスターにとって見える化は、補助的な手段ではありません。最初の一歩であり、主要な介入手段です。
「積極的に何もしない」ためには、何もしなくてもチームが気づける環境をつくる必要があります。その環境をつくることこそが、スクラムマスターの重要な仕事なのです。